みんなの想職活動

interview

2026/1/29 掲載

こんな仕事があるのか岩手/21

ウマい魚を届けて三陸の名を世界に轟かす!

「地方は仕事が少ない…」と思っているとしたら、それ、誤解です。岩手には意外な職種や面白い仕事がいろいろあるんです。今回ご紹介するのは、大船渡市にある「三陸とれたて市場」。東日本大震災からの復興が進む舞台裏では、知られざるビッグな計画が進んでいたのです! これまでの取り組みや今後のビジョンを、代表取締役の八木健一郎さんにうかがいました。

暖流と寒流がぶつかる潮目にある三陸の漁場は、その豊富な魚種と漁獲量から、世界三大漁場の一つとされています。そんな三陸の魚が鮮度そのままに、いつでもどこでも食べられたらうれしいですよね。

三陸とれたて市場では、新鮮な魚介類を使い切り凍結刺身パックとして販売。オンライン販売で全国にその味を届けています。そのおいしさの秘密は、魚の状態を見極めた独自の下処理技術と高度凍結技術CAS(=Cells Alive System)を組み合わせていること。C A Sとは、 iPS細胞の保存など、再生医療の現場でも活用されている凍結技術です。

コアイノベーションの精密凍結技術Cells Alive System

「それまでは、冷凍より生のほうが絶対おいしいに決まっている」と思っていた八木さんですが、いったいなぜ最新の冷凍技術を取り入れた商品開発を進めたのでしょうか。

現在は150種を越える魚種をラインナップ。三陸で漁獲される多様な魚種を簡便に高品質でお楽しみ頂ける「盛るだけお造り」は、生産累計40万パックを突破

CAS凍結を取り入れるまでのストーリーは、震災前に遡ります。八木さんが会社を立ち上げたのは2001年のこと。当時まだYouTuberという言葉が浸透していないころから、漁場の様子や動画配信をしていました。

牡蠣剥き小屋や船にライブカメラを取り付けて、今目の前で剥かれている牡蠣が、翌日には手元に届けられるという震災前に行っていた自社設計のインタラクティブサイト

船にライブカメラを付けて定置網の撮影をしたり、出港や入港の様子を配信したり。どんどんおもしろがる人が増え、オンラインストアで魚を買う人も順調に増えていったといいます。一方で、「魚が丸ごと一匹届いても、食べ方がわからない」といった声も。

そこで、魚の捌き方を解説する動画も配信するように。こうした消費者からのリアルな声を拾い、一緒におもしろがることで着実にファンを増やしていきました。

「ただホームページを作って、オンラインストアに魚を並べるだけじゃおもしろくないですよね。この土地の魅力や魚のポテンシャルを発信していくことで、地元を盛り上げていこうという自分の中のテーマがいつの間にか浮かびあがってきたんです」と八木さんは話します。

動画配信を続けることで見えてきたさまざまな消費者のニーズ。自分たちが提供できるサービスで、魚をおいしく食べたいという要望にどうアプローチしていくかを考え続けているといいます

経営が軌道に乗ってきたかに見えた2011年3月。東日本大震災が起こり、真っ黒な海が三陸を襲いました。海も河川も近く、低い土地にあった三陸とれたて市場は、床板たった一枚を残して全壊。

震災により流失した社屋のあった場所

大きな被害を出した津波ですが、一方で、地元の漁師たちからは海の環境を心配する声もあがっていました。
「津波以前の海は連作障害のようなことが起こっていて、ホタテなどが既に育ちにくくなっている状況だったんです。とくにギザギザとした形のリアス式海岸の底には、残渣がヘドロ化して溜まっていました。それが津波によって根こそぎ浚われた。だからあの波は真っ黒だったのです。そのあと、海はどうなったと思いますか?」

震災後に入れたロボットカメラには、穏やかで綺麗な海底が映っていました。「津波が来なければ、この連作障害は回復しない。」そんなことを言っていた隠居老人の言葉を思い出しました。
「海はこの後、生産回復期に絶対に入る!」。

海のありように心を動かされた八木さんらスタッフは、内陸から氷を運び、力の限りを尽くして、震災から僅か1ヶ月後にはオンライン販売を再開。事業の再建を宣言するために、沖から魚を売る様子も動画配信し、獲れた魚の半分は避難所に支援物資として届けました。

震災後すぐに立ち上げた共同プロジェクト「浜のミサンガ・「環」」。漁業の再起をあきらめたり、体を動かせないことで健康を害す生産者が増えたりしないようにと、手先を使う仕事を生み出しました

さらに、「単に復旧を目指すのではなく、どうせ一から作るのであれば、これまでの課題も全て整理しよう」。そう決意した八木さんは、県外の取引先からの支援協力もあり、超高額の精密凍結装置・C A Sを導入。これまでの鮮魚販売から、冷凍製品の販売に大きく舵を切ります。

ところが、高度な凍結技術の導入だけでは、魚の品質を最大化できるわけではありませんでした。「懇意にしていた著名ホテルに仕上がりの評価をお願いしたら、ものすごく怒られたんです。冷凍技術以前の問題で、魚の扱い方をなんにも分かってない」って。
「それまでは、三陸は“獲れすぎる浜”だったんです」と八木さんは振り返ります。

世界三大漁場と呼ばれるほど魚が豊富な三陸では、漁獲量が高止まりしていたがゆえに、一匹一匹を丁寧に“磨く”という発想が、あまり必要とされてきませんでした。

一方で、関サバに代表されるようなブランド魚の産地では、漁獲量が限られているからこそ、魚を一本ずつ大切に扱い、価値を高める創意工夫が積み重ねられてきたのです。

東日本大震災をきっかけに、「これまでとは違う戦い方」を設計する中で、八木さんは気づきます。

「単に冷凍機が高性能になっただけでは、何も始まらない。むしろ、その冷凍機があるからこそ、原料の扱い方を一から考え直す必要があったんです」

高度な冷凍技術と独自の前処理技術、良質な漁場、そして地元の漁師さんたちとの連携。大学病院のレントゲン室で、神経締の最適手法を解明する活動も行われています

魚が獲れた直後の筋肉の状態を見極め、凍結するタイミングを調整する。解凍後に最も良い状態へ戻るよう、凍結前処理を再設計する。さらに、ひとパックあたりの入り数や使いやすさまで含めて、“使う人の立場”から商品を磨いていきました。

こうして、冷凍技術を前提にした新しい魚の価値づくりが、三陸で始まったのです。

ここまで魚の生理を理解し、商品開発ができた理由には、八木さんの意外なルーツが関わっていました。親類には外科医もおり、当然のように医学生としての未来を期待されていたという八木さん。

ところが医学と言うより生き物が単に好きなだけ、図らずも滑り止めで受けた北里大学の水産学科へ入学することに。「アカデミックコンプレックスに悩まされ、水産の世界が嫌で嫌で仕方なかった。ついに教授から勘当されるような形で大学を飛び出して、地元の漁師の手伝いや、葬儀場のアルバイトをしていたんです」と当時を振り返ります。

「けれどもこの寄り道を続けるうちに、水産学はどこまでもフロンティアなんだということに気づいたんです。そしたら自分の中ですごく楽になった。やりたいことへの面白さが戻ってきて、魚を見る目が全く変わったんですよ」。

生命の母とも言われる海は、命を生み出してきただけでなく、通信や冷凍といった高度な技術革新も数多く育んできました。無尽蔵とも言える可能性を前にした学問だからこそ、解明し尽くされない。水産学は「遅れている」のではなく、挑戦し続ける余白があまりにも大きい世界なのだと感じたといいます。

社内には多様な専門書が並ぶ

そしてもう一つ、八木さんの中で大きかったのが、「死後に何が起きるのか」という視点でした。学生時代、水産学から少し距離を置きながら、独学で法医学(死後生理)を学び、葬儀場でのアルバイトを通じて、人の身体が時間とともにどのように変化していくのかを目の当たりにしてきたという八木さん。
そうした経験から、「命は死んだ瞬間に終わるのではなく、その後も刻々と状態を変え続けるものだ」という実感を伴った理解が育っていったといいます。

血管鋳型標本を作り、脱血方法の最適化をスタッフと検証している様子

この視点は、そのまま魚の扱い方へとつながりました。魚もまた、獲れた瞬間から筋肉や組織の状態が変化していきます。その変化を見極め、解凍後に最も良い状態へ戻すために、どのような処理を行い、どのタイミングで凍結するのかを設計する。
そうした発想こそが、魚の処理技術と高度な冷凍技術を掛け合わせた商品開発へと結実していったのです。

静岡県富士市出身の八木さん。駿河湾や平野など自然に囲まれた環境で遊び、虫や魚といった生き物の構造美に興味を持ったといいます

すでに三陸とれたて市場では、ドバイをはじめとする富裕層エリアに向けて、刺身用鯖フィレなどの輸出を行い、海外市場への展開を着実に進めています。
今後は、世界で活躍するミシュランシェフを三陸に招き、現地で実際に料理をしてもらいながら、新たな商品づくりや使われ方を一緒に設計していきたいと考えています。現地で魚を捌くための人件費や、廃棄されてしまうロスを減らすことも、その大きな目的の一つです。

「これまでは、水産学という分野のアイデンティティが、どこか見えにくかった。でも、三陸で世界のミシュランシェフの“バックキッチン”を担い、店舗を支える機能をつくることができれば、生産者や飲食店を支える新しい役割が見えてくると思うんです。それは、ここで働くスタッフ自身のアイデンティティの形成にもつながっていくはずです」と八木さんは話します。

ドバイ・ミシュラン店舗「ROKA」ヘッドシェフとの打合せ

最年少21歳と、若手社員が活躍する三陸とれたて市場では、ロンドンなど海外のマーケットを実際に学ぶための研修も行っています。「有利な漁場を持つ岩手で産業モデルをつくることが、地域の振興にもつながっていく。素材に尊厳を持って接すると、相手もまた輝いていく。そんな試行錯誤を続けながら、水産を通して見えてきた世界は、どんどん面白くなってきましたね」。

世界の一流シェフと学ぶ。ドバイ・ミシュラン店舗「ZUMA」との相互交流研修

三陸の魅力を発信していくことで、世界を相手にやりがいを持って働く未来を創っていく。岩手・大船渡から、おもしろいことが起きそうだというワクワクがこちらまで伝わってくるようでした。

(取材時期:2025年7月)

三陸とれたて市場に興味を持った学生さんにメッセージ!

神は細部に宿る。
一見、価値がないと思われているものの中にこそ、本質や本物が眠っています。
遠回りやコンプレックスも磨けば力になる。
その積み重ねこそが、きっと世界を驚かす仕事につながります。

■有限会社三陸とれたて市場
2001年創業。高品質の魚が集まる「奇跡の漁場」とも言われる三陸沖で、C A S技術を用いた商品を開発・販売しています。そのラインナップは刺身、調理向け素材、農産物などさまざま。三陸の海の魅力を、商品を通して発信しています。また、同市場内にある「三陸エンリッチメント研究室」のアライアンスパートナーとして、C A S技術を活かした飼育魚用餌料の製品開発、三陸の海の生態研究にも力を注いでいます。

■企業サイト
https://www.sanrikutoretate.com/