みんなの想職活動

interview

2026/3/18 掲載

STARTUPアドベンチャー/11

感謝の一言からはじまった訪問理美容という新しい選択肢

起業した人はどんなことを考えているの?「想いをカタチにする」ってどうすれば?今回は、株式会社TONAN代表取締役・CEOの中田将太(なかた・しょうた)さんにお話をお聞きしました。

盛岡市西見前で46年続く、美容室登なん(となん)。そこを拠点に、 高齢や病気などで理美容室に通えない人のもとへ理美容師が出向く「訪問理美容」や、理美容師と利用者をつなぐマッチングプラットフォーム「サパット」を手がけているのが、株式会社TONAN代表取締役・CEOの中田将太さんです。

美容室登なんは、中田さんの祖母が創業し、母が二代目として守ってきた美容室。一見すると、中田さんは家業を継ぎながら事業を広げてきた三代目経営者のようにも見えますが、そんな家庭に生まれながらも、中田さんは幼い頃から家族に「お前は美容師にはなるな」と言われて育ったといいます。

「まさか自分が美容業をやるなんて、当時は思ってもいませんでしたよ」
そう話す中田さんは、どこか軽やかに笑います。

昔から楽しいことを考えて形にするのが好きだった中田さん。今もそのスタンスは変わらないといいます

高校卒業後は東京の大学へ進学。しかし、大学生活は順調とは言えず、単位不足による留年をきっかけに、将来を改めて見つめ直す時期を迎えます。

「このまま就職活動をして企業勤めもいいけど、自分の人生一回しかないんだし、やりたいと思ったことをやらなきゃなって思ったんですよね。そんな中で出会ったのが、『起業』という選択肢でした」

自分で商売をするには何が必要かを学ぶため、釜石市のベンチャー企業・KAMAROQ株式会社(カマロク)で1年間インターンを経験した中田さん。議事録の取り方から商談、商品開発まで、さまざまな実務を現場で学んだといいます。

とはいえ、起業後の具体的な事業アイデアは決まらず、どうしようか…と思っていた頃、母が定休日に行っていた訪問理美容に運転手として同行することになった中田さん。そこで出会ったのは、ALSという難病を患い、言葉を発することができない女性でした。カット後、コミュニケーション用モニターに表示されたのは、「あきらめていた。ありがとう」という言葉。

「その瞬間、頭を殴られたような感覚でした。利用者さんもヘルパーさんも涙を流しながら、私の手を取って感謝を伝えてくれて」

「それまでは、介護や難病をどこか遠い世界の話だと感じていました。でも、髪を整えてもらうことで表情が明るくなり、気持ちまで前向きに変わっていく。その現場を目の当たりにして、なんて意義のある仕事なんだと、強く思いました」

「髪を切るという行為は、誰かの人生に寄り添う時間になります」と力強く話す中田さん

一方で、訪問理美容は体力的な負担が大きく、いずれやめようと考えている母の話を聞いた中田さん。また、当時の料金体系では商売として成り立っていない現実もありました。それでも、「やり方次第で続けられる。必要としている人がいる」と可能性を確信します。母が行ってきた訪問理美容を引き継ぎ、価格や仕組みを見直すことで、ビジネスとして成立させられるのではないか。そう考え、2017年に株式会社TONANを設立しました。

当時は訪問理美容の認知度が低く、施設への営業では門前払いが続きました。それでも中田さんは、地道な訪問により少しずつ信頼を積み重ねていき、現在では病院や介護施設などの約50施設の法人と契約しています。

そして、「日本全国で訪問理美容サービスが利用できるようにしたい」という思いから2023年に立ち上げたのが、全国対応のマッチングプラットフォーム「サパット」です。

サパットは、LINEでの簡単な申し込みと、きめ細やかな対応が利用者からも評判とのこと

「訪問理美容の現場では、自宅で介護を受けている方や施設で暮らす方の中に『本当はこういうカラーにしたい』『こんな髪型にしてみたい』といった“なりたい姿”を持ちながらも、家族や施設職員にはなかなか言い出せない人が多くいます。さらに、岩手県外からの問い合わせも増えていましたが、県外出張となると交通費の面で予算に収まらず、私たちだけでサービスを広げていくことに限界を感じていました」

理美容師側にも課題がありました。全国には免許を持ちながら現場を離れている「休眠理美容師」が多く、復職したくても選択肢が限られているのが現状です。訪問理美容という新たな働き方を提示することで、技術を生かし、働きがいにつなげたい。中田さんは、この仕事を“続けられる仕事”として成立させたいと考えました。

こうした課題から、LINEで気軽に訪問理美容を申し込める仕組みとして「サパット」を立ち上げたのです。当初の事業エリアは岩手県内を想定していましたが、事業を進める中で、生活スタイルとして訪問サービスが受け入れられている首都圏など都市部の方が、よりニーズが高いことも分かってきました。現在では関東や北海道など、全国へとエリアを広げています。

さらに、カット技術の学びや相談ができる「サパット+(プラス)」にも力を入れ、理美容師同士がつながる場づくりを進めています。

「訪問理美容を“特別なこと”にしたくない。美容室に行けなくなったら、次は訪問してもらう。それくらい身近な選択肢にしたいんです」

サパットの事業アイデアや社会貢献面などが評価され、「東北ソーシャルイノベーションサミット2024」で大賞を受賞した中田さん

今後の目標について、「まだまだ挑戦したいことがたくさんあります」と目を輝かせる中田さん。訪問美容という価値を全国へ届けるため、47都道府県すべてでサービスが根づき、各地で必要とされる存在になることを目指しています。そのためにも、介護や美容、医療の分野はもちろん、個人・法人を問わず、訪問理美容を共に広げていくパートナーや仲間づくりに力を入れていく考えです。

さらに、中田さんの視線は、岩手に本社を置く企業としての未来にも向いています。
「岩手という土地から、事業としてきちんと成果を出しながら、全国に通用するモデルをつくっていきたい。マーケットを広げ、信頼を積み重ねながら、いずれは上場を目指していきます。若者が『岩手でも起業できるんだ』『ここで働いてみようかな』と思える選択肢を増やしていくことも、目指す姿の一つです」

「訪問理美容は、理美容師にとっても、利用者にとっても、そして社会にとっても必要なもの。その価値を信じて、いつでも誰でもどこでも美容を楽しめる社会を目指していきます」

「ありがとう」に心を動かされた原点を胸に。

中田将太さんは、理美容の力を信じ、挑戦を続けています。

(取材時期:2025年11月)

中田さんから起業を目指す学生さんへメッセージ!

起業というと大変なイメージがあるかもしれませんが、私は社会を変えることができる大きなチャレンジだと考えています。正直しんどいと感じることもありますが、トライアンドエラーを繰り返しながら少しずつ形になり、お客様に喜んでいただくことは何にも変えがたい生きる楽しみです。
岩手には、「誰のためにやっているか」が明確な起業家が多いと感じています。応援してくれる人もたくさんいて、挑戦しやすい環境がある。たとえうまくいかなくても、やり方を変えればいいし、諦めずに続けていれば、必ず前に進めると思っています。
やりたいことや、少しでも興味のあることがあったら、学生のうちにぜひチャレンジしてみてください。私自身もインターンから起業したので、新たな起業家を産み育てたいと考えています。

チャレンジしたいことのある学生は一緒にやりましょう!

■株式会社TONAN
2017年2月創業。盛岡市を拠点に、美容室登なんの運営をはじめ、訪問型の理美容サービスや、理美容師と利用者をつなぐマッチングプラットフォーム「サパット」を展開しています。理美容室に通えない人へのサービス提供と、理美容師の新たな働き方の創出を通じ、誰もが美容を選択できる社会の実現を目指しています。

▶︎シゴトバクラシバIWATE
https://www.shigotoba-iwate.com/kyujin/company/74000010135570