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interview

100年前からある仕事/05

一本の川からはじまる安比塗物語

塗師、鉄器職人、染物師など、岩手には数百年前から変わりなく受け継がれている仕事がたくさんあります。ここでは、時代の変化に合わせながらも、伝統の技を大切に守り、継承してきた職人たちの仕事をフューチャー。岩手の手仕事に精通した「百年仙人」が案内します。

漆大国、いわて。それは、国内の漆のおよそ8割を岩手県が生産していることに由来する。今回ご紹介するのは、八幡平の安代地区に伝わる「安比塗」の伝統を守り続ける安比塗漆器工房。塗師であり、同工房の代表理事を務める工藤理沙さんに案内してもらった。

工藤さん、こんにちは。聞くところによると、このあたりの漆文化は「安比川」が起点になっているそうじゃな?

もともと、この工房のそばを流れている安比川の上流には木こりが多く住んでいて、切り倒した木を川の流れに乗せて運んだそうです。中流には、その木を削ってお椀の形にする「木地師(きじし)」という職人がいました。伐ったばかりの丸太をお椀の形に挽くと割れてしまうので、時間をかけて乾燥させた木を使っていたそうですよ。

そして下流にいたのは、「塗師(ぬし)」という漆を塗る職人。それらの漆器は、当時の地区名からとって「荒沢漆器」と呼ばれていました。

なるほど。つまり漆器は、豊かな森林と川を活かして栄えた工芸品だったわけじゃな。「安比塗」が生まれた背景は?

戦後、日本でも多くの家庭にプラスチックが普及するようになり、漆器の売れ行きは低迷していきました。かつて荒沢地区に500名ほどいた漆器生産に携わる人たちは、ほとんどいなくなってしまったのだそうです。

江戸時代の終わりから盛んに続いてきた漆文化をこのままなくすわけにはいかないということで、昭和58年に「安代漆工技術研究センター」が開設されました。新たな担い手を育てる施設ができたと同時に、名前も「安比塗」に改められ、伝統を繋ぎつつ現代に促した漆器づくりが始まりました。

安代漆工技術研究センターでは2年間、木地制作から漆精製、塗り、加飾など安比塗の基礎を学ぶことができる

安比塗のお椀はどのように作られているのかな?

うちでは6回、漆を塗り重ねる手法をとっています。5回目までは「中塗り」といって、赤茶色のベンガラ漆を塗った後、機械で温度と湿度の調整しながらお椀を乾かします。漆は空気中の水分を取り込んで反応し、液体から固体になるので、乾燥する冬場は特に、湿度の調整に気を遣いますね。

漆の乾燥は湿度と温度のコントロールが命。「フロ(風呂)」と呼ばれる扉の中には、お椀がずらりと並んでいる。その塗りの美しさには、ワシも思わずうっとりじゃ

そうして最後、6回目が「上塗り」。このときは、稀少な浄法寺漆を塗って仕上げます。お椀が完成するまでに、だいたい2ヶ月ほどかかります。

木から掻いた直後の漆はとろみのある乳白色だが、精製後に朱は顔料を混ぜることで色が付く。作家によってそれぞれ色味を工夫しているため、器にも表情が出るという

塗師の仕事にはかなりの集中力が要ると思うが、大変な工程は?

安比塗は、漆器の形もそんなに複雑ではないからこそ、かえって粗が目立ちます。刷毛のムラが出ないよう、いかに全体に均一に塗り上げるかが大切です。

特に、形を作る要となる「研ぎ」の工程は気を遣いますね。木目のでこぼこを指で感じて、出ているところは多めにサンドペーパーや砥石で研磨するという作業を5回繰り返して、上塗りできる合格ラインにまで整えるんです。根気強く、数をこなすことで徐々にその技術も身についていきます。

お椀が動かないよう真空で吸引しながら、高速で回転するロクロ。手の感覚だけを頼りに、サンドペーパーや砥石を当てて均一の厚さに仕上げる

ふむ、やはり経験を積むことが大事なのだな。工藤さんが塗師を志したきっかけは?

学生時代はガラスや陶芸などの工芸全般を学んでいたのですが、そこで漆と出会ったことがきっかけです。絵も描けるし、塗料にも使える素材としての漆の魅力に惹かれたんです。大学の先生に進路を相談したら「岩手にはすごい研修所がある」と、安代漆工技術研究センターを教えてもらいました。

見学に訪れたとき、「ここは漆で食べていくという気概のある人を育てる場所。そのために自分の持っている技術は全て教える」という指導員の言葉が胸に響いて、入所を決めましたね。漆を仕事にしていけたらどんなに幸せだろうと、それだけを考えて、岩手に来ました。

漆ひと筋21年の工藤さんは奈良県出身。岩手の厳しい寒さに驚いたそうだが、「漆器の高い保温性は、北国暮らしの理に適っているんです」と話す

これまで漆と向き合ってきて、喜びを感じた瞬間はどんな時だろう?

工房にいらしたお客様から、「ここで買った漆器を使うたびに、ふと、幸せがこみ上げてくるんですよ」と言ってもらったことがあって。学生や研修生の頃は、「もっといろいろな作品を作ってみたい」という欲求を満たすために漆と関わっていた気がするんです。でも、こうして使ってくれる人がいて初めて、塗師としての仕事が成り立つのだと、今までやってきたことがようやくつながった瞬間でした。

漆器は使いこむほどにその光を増す。「修理に持ち込まれた器を見ると、たくさん使ってくれたんだなとうれしくなりますね」と工藤さん

最後に、これからの目標を教えてもらえるかな?

これまで先人の皆さんが受け継いできてくれた安比塗の技術を、次の世代につなげていくことです。伝統を踏まえつつも、その時々のライフスタイルに柔軟に合わせた漆器づくりを模索し続け、この工房をずっと続けていけたらと思っています。

一度は途絶えかけた安比の漆文化だが、その伝統を守ろうとする人々の思いは、並々ならぬものだったはず。我々の日常にささやかな幸せをもたらしてくれる手仕事が、これから先もずっと続いていくよう心から願っているぞ。

(取材時期:2023年11月)

安比塗漆器工房に興味を持った学生へメッセージ!

岩手で続いている伝統的工芸品に興味を持っていただけると嬉しいです。漆器は古くから受け継がれているものですが、時代の変化にも柔軟に対応できる意欲のある方、伝統を支える一員になってもらえたらと思います。
安比塗漆器工房 代表理事 工藤理沙

安比塗漆器工房
安比塗の製造と販売を担う場として1999年に設立。主に取り扱うのは安代漆工技術センターの卒業生の作品で、伝統に忠実でありながらそれぞれに趣向を凝らした漆器が並びます。塗師が制作から販売までを行うため、作る過程や漆の魅力を直接聞いて選ぶことができます。

▶企業紹介サイト
https://www.appiurushistudio.com